津村記久子「ミュージック・ブレス・ユー」

どこにでもいそうな女子高生アザミの青春。
勉強はあまりできないけど、音楽があれば何となく満足な毎日。試験で欠点をとったり、バンドが解散したり、友達のために男子と喧嘩したり、恋かどうかわからないような思いを抱いたり。ちょっとしたイベントはあるけれど、日常はゆるゆると流れていく。
こうした日々がずっとつづいてくかのように思っていた。でも、入試が近づくにつれて、終わりを実感しだす。
アザミは変化しなかったのか。
そうではない。
音楽に浸って自分の世界に引きこもっているだけでなく、外の世界とつながっていった。傲慢な態度で友達を傷つけた男に柄にもなく食ってかかった。会ったこともない海外の女子高生の苦しみに胸を痛めた。大切な他者に出会ったのだ。
自分と似た音楽マニアと話しながら、少しだけ自己を客観的に見つめられるようになった。人から見れば自分もこんな風に写っているのかと。
では、アザミは変わってしまったのか。
彼女の柱は揺るがなかった。音楽とともに生きていくのに変わりない。理屈じゃなく好きなんだ。これほどに好きなものがあれば、迷ったときにそこに避難できる。逃げ込んでから、また考えればいい。
アザミはエリートにはならないだろう。ちょっとばかり頭がよくないから。
だが、それは幸せに生きていけるのかとは別問題。
音楽があるから、やっていける。今日も明日も、もっと先も。

一度、自己嫌悪しないと、なかなか自己を直視できないのは僕にも覚えがある。調子に乗って、失望して、少しだけ自省して、また調子に乗っての繰り返し。青春の痛みは普遍的なのに、その形はそれぞれなんだよな。
僕にはアザミほど好きなものなんかない。アザミがうらやましいんだ。