本谷有希子「セルフィの死」
SNSにとりつかれたミクルがセルフィ(自撮り)をやめるまでの七転八倒。
ミクルはフォロワーを増やすために、SNS仲間のソラと一緒にインスタ映えする場所に行っては自撮りを繰り返す。本当は食べたくないスイーツを食べても、フォロワーはほとんど増えない。その腹いせで店員への嫌がらせを止められない。ある日、食べたくない変わり種の寿司を一心不乱に食べる動画がバズってフォロワーが急増する。それでも自分が満たされないことに気づき、スマホを捨てて自撮りをやめようとするが、結局は新しいスマホを買ってしまう。
再びソラと自撮りを再開するミクル。さらにバズるために大食い動画を撮りまくる。必死に大食いしては吐き、自撮りの苦しさが加速していく。その限界がきたとき、ミクルは見ず知らずの山田に暴力的に自撮りをやめさせるよう依頼する。ミクルの顔をパンケーキに沈めて殺してほしいと。弱者男性の山田はミクルの言葉で傷つけられて、怒りでミクルの頭をつかんでパンケーキに叩きつける。
気絶したミクルが目覚めたとき、山田はもういない。目の前にあるのはお台場の海、その向こうには東京の街が見える。街の無数の光を見ながら、人々の暮らしの中に自分の姿を見つける。自分も人々と同じようにただ生活していただけ。もはや自撮りは必要ない。わざわざ自分を撮らなくても、周りの人々の中に自分を見つけることができるのだから。
本谷さんの小説らしく、暴走する主人公の疾走感がたまらない。店員への執拗な揚げ足取り、回転ずしのレーンに捨てたスマホ、終わらない大食い、パンケーキにめり込む顔。ソラがミクルの暴走をあおり、山田が終止符を打つ。その山田もミクルたちを馬鹿にしながらも、SNSで暴言を吐かずにいられない。誰もが自意識と承認欲求から逃れられない。自分という檻に囚われつづける。SNSはその檻を大きくするただの道具に過ぎないのかもしれない。
町田康「しらふで生きる」
前の記事を書いてから、ずいぶん長い時間がたってしまった。その間に年をとり、2回引っ越し、ちゃんとした仕事を見つけた。
仕事が欲しくてたまらなかった時期は、のんきに本や映画の感想を書く気になれなかった。他人に評価してもらえないことにいら立ち、お酒を飲んではため息をついていた。やがて怒りを感じなくなり、ただむなしくなった。もうどうでもいいと言いながら、それでも自分に期待するのをやめられないことが苦しかった。
その後、周りの助けがあって、なんとか仕事にありつけたが、以前のような前向きな気持ちにはなれず、ぼーっと怠けた暮らしをつづけている。あれほど欲しかった仕事なのに、それに打ち込む意欲が出てこない。でも、最近は少しずつでいいから自分を変えたいと思っている。このまま生きていくのは、あまりに退屈だから。久しぶりに記事を書くことから始めよう。昔の自分に戻れないとしても、今の自分を変えるきっかけにはなるかもしれない。
不安定な暮らしの中で、いつも自分のそばにあったのがお酒である。楽しいときは気分を盛り上げ、苦しいときは愚痴に付き合ってくれた。無気力なときは、退屈な日常を忘れさせてくれた。お酒のおかげで、何とかやってこれた気がする。
町田さんは、こんなにすてきなお酒をやめたらしい。音楽と小説でパンクを実践してきた町田さんが!しらふでパンクがやれるのかと毒づきながら、暇つぶしで本を読み始めた。
町田さんが断酒したのは、お酒を飲んでいないときの苦しみが大きいからである。お酒は飲めば飲むほど、しらふでいることがつらくなる。酒飲みは、酔っていたときの言動を思い出して後悔するし、しらふでいると不安になってまた酒を飲む。すると、翌日また後悔して不安になって酒を飲む。終わりなき悪循環である。そもそも、お酒は楽しむために飲むというが、酔っぱらうと脳の働きがにぶって、本当に楽しいのか分からないはずである。
とはいえ、頭で納得しても実際にお酒をやめるのは難しい。日常生活は不安や不満を感じることが多く、酒を飲みたくなるからである。町田さんはここに注目して、飲酒の原因である不安や不満を感じない方法を見つけたらしい。それは自己認識の改造である。自分が普通よりあほであると認めると、人生が少しぐらいうまくいってなくても、自分があほだから仕方がないとあきらめがつく。さらに、他人と自分を比べないようにすれば、誰かよりお金を持っていないなどと悩まなくなる。つまり、謙虚になって周りを気にしなければ、不安や不満を感じないのである。
町田さんの主張は、お酒だけでなく仕事や人付き合いにも当てはまりそうである。自分を賢いと思う人は、やりがいのある仕事で高い給料をもらい、みんなから尊敬されて当たり前。自分にふさわしくない仕事や低い給料には不満を感じるし、周りから大切にされなければ腹が立つだろう。他人と自分を比べる限り、どこまでいっても上はいるので、不満だらけの人生になってしまう。
ここ5年ぐらいの自分を思い出すと、まさに不満だらけだった。なんで仕事がないんだ、なんで周りはもっと評価してくれないんだ、なんで何をやっても楽しくないんだ、なんで、なんで、なんでと自分を認めてくれない他人や社会のせいにしていた。本当は、傲慢で周りを気にしてばかりの自分に問題があったのに。ブログの記事を書いていた頃は、少なくとも自分が無知であることを受け入れて学ぼうとしていた。他人と比べるむなしさを感じて、自分が少し前の自分よりどう変わったかを見ようとしていた。
今の自分は酔っぱらっている。自分を賢いと思って、他者をうらやみ、不安と不満だらけで酒を飲みたくてたまらない。実際に、しょっちゅう飲んでいる。まずは自分が自分に酔っていることを、自己陶酔を認めなければならない。でも、酔っぱらいはまだ酔っていないと言いたくてたまらない。酔っぱらいとしらふの自分がけんかしている。
しらふで生きるのはつらいが、人生とはそもそもつらいものであると町田さんは書いている。
絲山秋子「愛なんていらねー」
絲山作品の中でも群を抜いてかっこい小説。乾いた文体で、男女の濃厚な肉体関係をクールに描き、人間もしょせん動物に過ぎないことを思い知らされる。
大学教員の成田さんが、長きにわたって音信不通であった乾とバーで再会するところから物語は始まる。乾はかつては前途有望な院生であり、フランスに留学していたが、途中で行方をくらましてしまった。本人の話では、留学生をくびになってから、日本でいかがわしい商売に手を染め、刑務所に入っていたらしい。出所後、成田さんに会いたくなり、行きつけのバーに顔を出したというわけだ。
成田さんは乾の挫折を聞いて胸を痛め、ムショ帰りの男に寝るところと自分の体ぐらい貸してやることにする。少なくともここに愛はなく、同情や憐憫に近い感情しかない。にもかかわらず、彼女は乾が求めるままスカトロ行為にまで及び、嫌悪と快楽の間を行き来する。二人の交わりはあまりに濃密かつ即物的であり、そこに愛だの憐みだのが入り込む余地はない。ただ動物として互いをむさぼりあうのだ。
乾は吐き捨てる。「愛なんていらねー」と。肉と肉の交わりがあれば十分であると。でも、彼がそのような言動をとればとるほど、本当は成田さんを深く愛していることがにじみ出る。成田さんもそんな乾を愛おしく思いつつも、これがすぐに終わってしまうことに気付いている。そして、その終わりを待ち望んでさえいる。
乾と成田さんのどこにも行けない関係を見ていると、愛なんていう陳腐な言葉より、だらしなく肉体を求めあうことの方がはるかに二人の思いがつまっている。乾の深い愛情と、成田さんの包み込むような母性を。
二人は言葉ではなく肉体で会話しているのである。
映画「やわらかい生活」
総合職としてばりばり働いていたが、友人と親の死をきっかけに心の病にかかった優子は蒲田で新生活を始める。
そこで出会う人々は形は違えどそれぞれ苦しみを抱えて生きている。まっとうな社会人でありがらも、合意の上で痴漢をさせてくれる女性を求めつづける中年男性。インポテンツで好きな女と交わることさえできない政治家。夫そして父親としての役割になじめず家出をしてきた従兄。ピュアな性格とヤクザの仕事で板挟みになっている、鬱病持ちの若者。
躁鬱病で入院して以来、すべての同僚と友達を失った優子は、中年男性と痴漢プレーをすることで、その寂しさを紛らわしていた。だが、男には男の家庭があり、どこまで行っても痴漢行為以上のものは共有できない。また、自分のホームページを通じて知り合いになったヤクザとも鬱病トークぐらいでしか盛り上がれない。そんな中、ふとした拍子に学生時代の友達であった政治家と再会する。昔話に花がさいた二人は、当時から多少は意識し合っていたこともあってベッドをともにする。けれども、政治家のインポテンツはいかんともしがたく、ぎくしゃくした関係になってしまう。そして、家出をした従兄が優子のもとに転がり込んでくる。彼との気楽な共同生活は彼女の孤独を取り去ってくれるように見えたが、そんな日常に躁鬱病が影を落とす。従兄は優子の症状に振り回されて一度はうんざりするものの、彼女を理解しようという姿勢は崩さず、二人の距離は徐々に縮まっていく。でも、彼は優子と向き合いながら誰かと暮らす苦しさと喜びを知り、自分の家族とやり直すために故郷へと帰ってしまう。
優子だけでなく、彼女が出会った人すべてが他のひとに理解してもらえない苦悩を抱えながら、それを誰かと少しでも分かち合いたいと願っている。優子が好きな人と普通の生活を送りたいと望んでいるように、彼らの願いは本当にささいなものである。しかし、それさえも叶わない現実が横たわっている。
つながりたいけど、つながれない現代人の悩みが丹念に描かれており、僕の心を締め付ける。では、救いは全くないのかといえば、そうではないだろう。優子はほんのひととき、ほんの一部分ではあったが、彼らとともに何かを共有することができた。完全な形でないにせよ、こうした緩やかなつながりを広げていけば、人は何とかやっていけるのではないか。「やわらかい生活」は苦しみと同時に一縷の希望を我々に見せてくれている。
津村記久子「ミュージック・ブレス・ユー」
どこにでもいそうな女子高生アザミの青春。
勉強はあまりできないけど、音楽があれば何となく満足な毎日。試験で欠点をとったり、バンドが解散したり、友達のために男子と喧嘩したり、恋かどうかわからないような思いを抱いたり。ちょっとしたイベントはあるけれど、日常はゆるゆると流れていく。
こうした日々がずっとつづいてくかのように思っていた。でも、入試が近づくにつれて、終わりを実感しだす。
アザミは変化しなかったのか。
そうではない。
音楽に浸って自分の世界に引きこもっているだけでなく、外の世界とつながっていった。傲慢な態度で友達を傷つけた男に柄にもなく食ってかかった。会ったこともない海外の女子高生の苦しみに胸を痛めた。大切な他者に出会ったのだ。
自分と似た音楽マニアと話しながら、少しだけ自己を客観的に見つめられるようになった。人から見れば自分もこんな風に写っているのかと。
では、アザミは変わってしまったのか。
彼女の柱は揺るがなかった。音楽とともに生きていくのに変わりない。理屈じゃなく好きなんだ。これほどに好きなものがあれば、迷ったときにそこに避難できる。逃げ込んでから、また考えればいい。
アザミはエリートにはならないだろう。ちょっとばかり頭がよくないから。
だが、それは幸せに生きていけるのかとは別問題。
音楽があるから、やっていける。今日も明日も、もっと先も。
一度、自己嫌悪しないと、なかなか自己を直視できないのは僕にも覚えがある。調子に乗って、失望して、少しだけ自省して、また調子に乗っての繰り返し。青春の痛みは普遍的なのに、その形はそれぞれなんだよな。
僕にはアザミほど好きなものなんかない。アザミがうらやましいんだ。
映画「マイ・バック・ペイジ」
若者は何者かになりたがる、そしてそうなれると信じている。
自分は特別な人間なのだと!
しかし、そのような思いを持ち続けて生きていける人は少ない。どこかで知ってしまう。自分の凡庸さを。それをひとは挫折と呼ぶ。
そして、年をとって振り返る。あのとき、おれは若かったと。何もわかっちゃいなかったと。
一握りのひとだけが何者かになれる。世間では、そうしたひとには才能があったから挫折せずに済んだのだと言われる。
でも、そうではないだろう。程度の差はあれ、誰しも理想と現実のギャップに苦しんだことがあるはずだ。
何者かになれたひとは、そのギャップと折り合いをつけながら、それでもなお希望を捨てなかったのだろう。
悪く言えば、しつこいのだ。
この映画が描くのは挫折を知る前の若者たちと、彼らの挫折。
学生運動華やかりし時代、若者の希望はわかりやすい形で目の前にあった。病んだ社会を変革する革命家。
この理想像をめぐって、ふたりの男の青春が交錯する。
革命家として名を上げたい学生と、その学生に自身の革命への憧れを投影する新人記者。記者は自分の夢を託す学生に必要以上にのめりこんでしまう。それを理解したうえで、学生は記者を利用しようとする。ふたりは依存を深めていく。
当然、学生が挫折すれば、それは記者の挫折も意味する。
そして、その日はやってくる。学生がただの革命家を装った男に過ぎなかったことが判明するときが。
そのとき、記者は学生を警察に売るかどうかを問われることになる。
学生と同様に、挫折を受け入れ、これまでの希望を捨て去り、学生を糾弾する側に回るのか、それとも挫折と折り合いながらぎりぎりのところで踏みとどまるのか。
結局のところ、記者は学生に失望しながらも警察に売ることはせずに、最低限のプライドを捨てずに仕事をやめる。
革命への憧れは諦めても、プライドは売らなかったのだ。
それでも、希望を不完全なまま抱えながら生きていくのはつらい。理想と現実の板ばさみに苦しみ続けるからだ。最後のシーンで、記者は古い友人とばったり再会して涙が止まらなくなる。その友人に小さな、本当に小さな希望の実現を見たからだろう。
記者が苦しみながらも小さくてもいいから希望をひっそりと抱えて生きていってくれることを願う。
これはかつて若者であった人々にとって救いなのだから。
映画「奇跡」
世界はありふれた奇跡で溢れている。
母と父の別居をきっかけに離れ離れになった兄弟の物語。鹿児島の母と兄、福岡の父と弟。二人は遠く離れながらも、新生活に少しずつなじみ、新しい友達もできる。
弟は父譲りの楽観主義でそれなりに新しい環境を楽しむが、兄は家族一緒に再び暮らせることを願い続けている。
福岡と鹿児島を結ぶ新幹線「さくら」がはじめてすれ違うとき、願いを叫べばそれが叶う。そのような噂を聞きつけた兄は友達と弟を誘って、奇跡を起こそうとする。
桜島が噴火すれば鹿児島で暮らせなくなって家族で一緒に暮らせるだろうと思い、桜島の噴火を兄は願うことにする。
でも、結局のところ、兄はその願いを叫ばなかった。何も叫ばなかった。鹿児島に暮らすようになってから知り合った人々、ともに暮らす祖父母のことを思うと、自分勝手なお願いをできなかったのである。彼は弟に言う。「世界のことを考えちゃった」と。
実は弟も別のお願いをしていた。一緒に暮らす父の夢が叶いますようにと。
兄弟ふたりとも、自分のことではなく、他者を思いやったのである。これは社会とつながり始めた兄弟の成長の物語である。とりわけ、兄は家族といった身近な人だけでなく、それ以外の人の幸せにまで思いを馳せている。この成長こそが奇跡であったのではあるまいか。
奇跡は兄弟だけに起きたのではない。彼らの友達も願いを考えるプロセスで、ペットの死を受け入れたり、夢にチャレンジすることを決心したりと成長していった。また、旅の途中で知り合った老夫婦にも奇跡は起こった。孫のような彼らと幸せなひとときを過ごすことができたからである。
奇跡はそれを奇跡と認めてはじめて奇跡になる。われわれは普段ほとんど気付くことはないが、他者を思いやるという奇跡はそこかしこで起きている。
ただ、気付いていないだけで。
そんな小さな奇跡を大事にしていけたらなと、柄にもなく少しだけ思った。