絲山秋子「愛なんていらねー」

絲山作品の中でも群を抜いてかっこい小説。乾いた文体で、男女の濃厚な肉体関係をクールに描き、人間もしょせん動物に過ぎないことを思い知らされる。

大学教員の成田さんが、長きにわたって音信不通であった乾とバーで再会するところから物語は始まる。乾はかつては前途有望な院生であり、フランスに留学していたが、途中で行方をくらましてしまった。本人の話では、留学生をくびになってから、日本でいかがわしい商売に手を染め、刑務所に入っていたらしい。出所後、成田さんに会いたくなり、行きつけのバーに顔を出したというわけだ。

成田さんは乾の挫折を聞いて胸を痛め、ムショ帰りの男に寝るところと自分の体ぐらい貸してやることにする。少なくともここに愛はなく、同情や憐憫に近い感情しかない。にもかかわらず、彼女は乾が求めるままスカトロ行為にまで及び、嫌悪と快楽の間を行き来する。二人の交わりはあまりに濃密かつ即物的であり、そこに愛だの憐みだのが入り込む余地はない。ただ動物として互いをむさぼりあうのだ。

乾は吐き捨てる。「愛なんていらねー」と。肉と肉の交わりがあれば十分であると。でも、彼がそのような言動をとればとるほど、本当は成田さんを深く愛していることがにじみ出る。成田さんもそんな乾を愛おしく思いつつも、これがすぐに終わってしまうことに気付いている。そして、その終わりを待ち望んでさえいる。

乾と成田さんのどこにも行けない関係を見ていると、愛なんていう陳腐な言葉より、だらしなく肉体を求めあうことの方がはるかに二人の思いがつまっている。乾の深い愛情と、成田さんの包み込むような母性を。

二人は言葉ではなく肉体で会話しているのである。